お寺に泊まって分かった言葉より大切なもの。

片方の口の裂け目に食べ過ぎマークができています。いわゆる口角炎。

食べ過ぎた時にできていたので、私は幼い頃から、「食べ過ぎマーク」と呼んでいました。

ビタミンや栄養が不足したりバランスが悪くなった時にできるようなので、あながち間違ってはいなかったようです。

先日、ホームパーティーにお呼ばれし、初めてオイルフォンデュとやらをご馳走になりました。

お野菜がメインではありましたが、久々に食べたサイコロ型牛肉が美味しく、さらに、ジューっと鍋につける行為が楽しく、塩で食べていたこともあって、パクパクとついつい食べ過ぎてしまいました。お酒もよく飲んだ。

イメージ図↓

だからできた口角炎。私、正直です。

先週末は、南島原にある玉峰寺さんで禅宗の作法に習った、食事を体験したはずなのに、一週間もたたぬまに、乱れた食生活へ。

さて、今回はその禅宗の作法に習った食事をご紹介します。

朝5時半から坐禅、朝課のあと、朝粥から一日が始まりました。

風呂敷に包まれたお弁当箱みたいなものが机に置かれています。

真ん中の白い紙には五観の偈(ごかんのげ)といって、食事の前に唱える言葉が書かれいます。

「一つには〜」と、皆で心構えを5つ唱えてから食事をいただくのです。

朝食のメニューは、「お粥」「ごま塩」「漬物」

はい、以上。これだけです。

永平寺でも食べられている食事メニューを体験しました。お箸の向きが通常と逆なのも作法のようです。

食事中は私語厳禁は当然ながら、一切音を立てないのが、禅宗のしきたり。ごま塩は、スプーンの腹をお粥で湿らせ、ペタッと貼り付けて器まで運びます。漬物を食べる時も、音を立ててはいけないので、とっても慎重にゆっくり食べます。

ぎゃ。

静かに食べられるはずはなく、ボリッボリッとどうしても音が鳴ってしまい、あちゃーっと顔を歪めながら、自分で自分の立てる音に驚きます。

そしてゆっくりと、静かにご飯一粒一粒を噛みしめるように食事をとると、とても少なく思えた食事も不思議と満足する量に思えてきます。と言いながらも、おかわりが一回だけいただけるので、私はちゃっかりいただきました。

皆が食べ終わると、今度はお茶が運ばれてきます。一番大きいお粥の入っていた器にお茶が注がれ、2切れほど残しておいた漬物のたくあんで食器をなぞるように丁寧に洗います。

大きい器から、中、小とお茶を移し、全ての食器を順番に洗うのです。そしてそのお茶は飲み干します。

最後に、今度はお湯がまた同じように注がれ、順に食器を洗い、このお湯は飲まずに捨てて白い布巾で食器を吹き上げて洗い物終了です。昼食はまたこの食器を使いました。エコです。

家族や友人とワイワイガヤガヤ楽しむ食事もいいけれど、静寂に包まれた食事も
私は心地よく感じました。

一言もしゃべらないんだけど、隣に人がいるというそれだけでなぜか安心している自分がいて、言葉よりも、人の存在そのものの方が大切なのかと思いました。

一口一口味わいながら食べ物の大切さを感じる時間。

なんて贅沢なのーーー!

昼休憩の時間がないからといって、

カロリーメイトで済ませたり、
立ち食いそばを流し込んだり、
ファストフードに走ったり、

全く無縁です。そして、食べ過ぎマークとも全く無縁。

最近、お寺に泊まったり、坐禅をするのが女子の中で静かなブームだとか。日常とは異なる、静かな場所を求めてるのかもしれませんね。

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